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− == 『[[1Q84]]』BOOK2 ==
− ;著
− :[[村上春樹]]
− 『[[1Q84]]』BOOK2は、村上春樹の長編小説『1Q84』の第2分冊。2009年に、[[1Q84 BOOK1|BOOK1]]と同時に、単行本が[[新潮社]]から刊行された。
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− BOOK2は<7月−9月>と副題が付され、全24章で構成されている。
−
− == 用語や登場人物 ==
− ;用語や人名
− :解説
− ;[[エピグラフ]]
− :BOOK2巻頭には、[[エピグラフ]]の類が見当たらない。[[1Q84 BOOK1|BOOK1]]巻頭に置かれているものが、BOOK1〜BOOK2全体の内容に対応している、とみて構わないのかもしれない。
− ;腰帯コピー
− :単行本腰帯に記されたコピーは「心から一歩も外に出ないものごとは、この世界にはない。心から外に出ないものごとは、そこに別の世界を作り上げていく。」。
− ;BOOK2第1章「(青豆)あれは世界でいちばん退屈な町だった」
− :BOOK2第1章は、青豆が麻布の柳屋敷を訪れる様子から導入される。彼女は、屋敷の女主人から、つばさが失踪した、と聞かされる。タマルの飼っていた番犬が不可解な死を遂げた後のことだという。老婦人は、つばさが自分からセーフハウスを出て行った、と考えている。続いて老婦人と青豆は、さきがけリーダーの処理について話し合う。リーダー暗殺の後、整形し名も変え、姿を消す必要がある、と告げられ、青豆はプランを受け入れる。<br />屋敷を去る間際、青豆はタマルに自決用の拳銃を入手できないか相談。タマルは不本意そうにしながら、「俺にどんなことができるものか。ちょっと調べてみようと思う」。<br />章題は、「ナイアガラに行ったことがあるんだ」と青豆に語るタマルのセリフ(P.27)からの抜粋にあたる。<br />物語内の今は、“梅雨明けの公式な宣言はまだ出ていなかったが、空は真っ青に”晴れたある日。夕方5時になっても“太陽はまだ空高く”にあるような季節。タマルは、蝉も鳴き始めたので「もう夏だな」とコメント。
− ;BOOK2第2章「(天吾)魂のほかには何も持ち合わせていない」
− :BOOK2第2章は、天吾が「2つの月がある世界」の自作小説を書いている様子から導入される。その頃、世間では、ふかりのことが「失踪疑惑」といった扱いで一部で報道されだしていた。そんなある日、天吾は勤務先の予備校で牛河という見知らぬ男の訪問を受ける。「財団法人 新日本学術芸術振興会 選任理事」の名刺を差し出す牛河は、天吾に助成金の提供を申し出る。長編小説を書いていることを知っているなどを胡散臭く思う辞退する天吾。牛河は、ふかえりと天吾が親しくしていることを知っていると告げ、『空気さなぎ』リライトの件も遠まわしに匂わせる(少なくとも、天吾はそのように受け取る)。<br />章題は、牛河が予備校を去った後、「新日本学術芸術振興会」について、天吾が予備校の理事長秘書と交わすやりとりの一部に近似(P.55)。<br />物語内の今は、不定だが、BOOK1第24章よりは後(ふかえり行方不明報道の進展から)。
− ;ヤナーチェックの『シンフォニエッタ』
− :BOOK2第2章では、天吾が“朝の早い時間にヤナーチェックの『シンフォニエッタ』を聴くこと”を日々の習慣にしていた、と記されている。“高校のときに即席の打楽器奏者としてその曲を演奏して以来、それは天吾にとって特別な意味を持つ音楽になっていた。その音楽はいつも彼を個人的に励まし、護ってくれた。”。
− *ヤナーチェックの「シンフォニエッタ」は、奇数章の物語と偶数章の物語の双方に渡るシンクロニシティ(意味のある偶然、あるいは、意味あり気に思える偶然)を演出する道具立ての内、最も最初(BOOK1第1章)に導入されたものになっている。
− ;牛河利治
− :天吾が勤める予備校を突然訪問してくると、天吾を「次の世代を担う若い芽」である小説家志望者と持ち上げ、年間300万円の助成金提供を申し出る。
− *牛河利治は、村上春樹の長編作品『[[ねじまき鳥クロニクル]]』第3部に登場するキャラクターと同名。外見描写やセリフ回しからも同型キャラと思えるが、身分などの設定は異なっている(と思える)。
− ;財団法人 新日本学術芸術振興会
− :
− ;BOOK2第3章「(青豆)生まれ方は選べないが、死に方は選べる」
− :BOOK2第3章は、さきがけリーダー暗殺のため身辺を整理し、待機している青豆の様子から描かれる。“七月も終わりに近いその夜”タマルから電話を受けた青豆は、翌日の夜、柳屋敷に出向く。「今では教団の中に内通者を持っています。」と言う老婦人は、暗殺を可能にする状況を整えつつあると説明、青豆はいつでも動けるよう、待機を続けることに。屋敷を去り際、タマルは青豆に小型のオートマチック拳銃を渡し、扱い方をレクチャー「初めてにしては悪くない」と言う。それから2週間、青豆は暗殺の準備を重ねながら待機を続ける。そんなある日、夕刊の社会面にあゆみの顔写真入りの記事が載る。渋谷のホテルの一室で絞殺されたあゆみの死体が発見された、との報道だった。<br />章題は、青豆に小型拳銃での自決方法をアドバイスするタマルのセリフ(P.75)からの抜粋にあたる。<br />物語内の今は“七月も終わりに近い”ある日の夜からはじまる。その後、2週間ほどが過ぎるので、第3章終盤部分はすでに8月に入っているはず。明示はされていないが、中旬頃であると思える。
− ;タマル(田丸健一)
− :タマルが「自衛隊のレインジャー部隊にいた」経歴の持ち主であることが、BOOK2第3章で語られる。
− ;BOOK2第4章「(天吾)そんなことは望まない方がいいのかもしれない」
− :BOOK2第4章は、“彼女は今どこで何をしているのだろう? まだ「証人会」の信者でありつづけているのだろうか?”という天吾の思考から書き出される。天吾の回想や内省が多く描かれ、記述の内で、[[1Q84 BOOK1|BOOK1第12章]]から、天吾が時々思い出してきた、小学校が同窓だった少女が青豆であることも、読者に対して確定的に描かれる。『空気さなぎ』のリライトを終えた後、自作小説に取り組み“自らの中にある物語を自分の作品としてかたちにしたい”との意欲を強く感じるようになっていた天吾は、“なぜか頻繁に青豆のことを考えるように”なってもいた。<br />章題は、“青豆に向かって語りたいことが数多くあった”との思いから、あまり現実味の無い再会を想像する天吾の思考(P.93)の一部抜粋にあたる。<br />物語内の今(天吾の今)は第4章の文章からは特定し難い。前後の章構成、内容から、第2章よりは後と思える。
− ;BOOK2第5章「(青豆)一匹のネズミが菜食主義の猫に出会う」
− :BOOK2第5章は、報道記事であゆみ殺害事件を知った青豆の描写から始められる。第3章末尾に直接連続した時制になる。あゆみが死んだ日から5日後の朝、ポケットベルのコールを受けた青豆が、タマルと連絡をとる。「マダムからの伝言だ。今夜の七時にホテル・オークラ本館のロビー。いつもの仕事の用意をして。急な話で悪いが、ぎりぎりの設定しかできなかった」と、伝えるタマル。“これが私にとってのおそらく最後の仕事になる”と思う青豆。暗殺を済ませた後は、タマルの支援を得てそのまま失踪する手はずになっていた。部屋を出る前、自室を振り返る青豆は“もうここに戻ることはないのだと思った。”。<br />章題は、暗殺の手はずを伝えた直後のタマルが、ふと思い出した、と青豆に語った寓話(P.108)からの抜粋にあたる。<br />物語内の今は定かではないが、第3章終盤部分に続く時制からはじまる。8月であるはず。タマルから連絡を受けた日の日付を、第5章本文から特定することはできない。
− ;ゴムの木の鉢植え
− :
− ;BOOK2第6章「(天吾)我々はとても長い腕をもっています」
− :BOOK2第6章は、“その後しばらく状況に進展は見られなかった。天吾のもとには誰からの連絡も入ってこなかった。”と、書き出される。ふかえり失踪疑惑については、天吾が目にするような新聞では取り上げられていないが、電車の中吊り広告で見ると、多数の週刊誌が大きく扱うようになっていた。そんなある日、天吾は小松からの速達便で『空気さなぎ』書評記事のコピーの束を受け取る。天吾は、同封された天吾宛ての手紙に、証拠になるような文章を書くとは小松らしくないといぶかしみ、あるいは電話盗聴を恐れたのだろうか、と惑う。<br />ある火曜日の夜、天吾は、安田と名乗る男からの電話を受ける。相手が、年上のガールフレンドの夫だと察する天吾。電話でのやりとりを反芻し寝付けない天吾は、さらに牛河からも電話を受ける。助成金の件はお断りしたはずです、と告げる天吾は、「率直に申し上げまして、あなたは今のところいささか危うい立場におかれています」と、脅しめいた言葉を聞かされる。天吾は「リトル・ピープルがそれに関係している?」と聞くが、牛河は、そいつが『空気さなぎ』に登場するという以上のことはとんとわかりません、と応じる。さらに曖昧でどうとでもとれる言葉を重ねる牛河は、奨励金の件について「もう少しだけ時間を差し上げましょう」と言いい、電話を切ってしまう。<br />章題は、牛河が電話で天吾に語る恫喝ともとれるセリフ(P.137)からの抜粋にあたる。<br />物語内の今(天吾の今)は第6章の文章からは特定し難い。前後の章構成、内容から、第8章で描かれる出来事の1週間ほど前にあたる。第8章から逆算すると、安田。牛河の電話を受けたのは、8月半ば以降のある日、と絞れる。
− ;安田からの電話
− :天吾は、はじめ安田と名乗る電話の男が誰か、わからなかった。安田は“とくに友好的でもないし、敵対的でもない”中立的な声で「家内はもうお宅にお邪魔することができないと思います。申し上げたいのはそれだけです」と、告げる。相手が、年上のガールフレンドの夫だと察する天吾。「よくわからないのですが……」と聞くと、安田は「それなら、そのままにしておいた方がいい」「家内は既に失われてしまったし、どのようなたちにおいても、あなたのところにはもううかがえない。そういうことです」と告げる。「川奈さん、こんな電話は私としてもかけたくなかった。しかしこのまま何も言わずに打っちゃっておくのは、こちらとしても寝覚めが良くありません。私が好んであなたとこのような話をしていると思いますか?」。天吾が言葉を失っている間に、電話は切られる。
− ;BOOK2第7章「(青豆)あなたがこれから足をふみいれようとしているのは」
− :BOOK2第7章は、ホテル・オークラ本館ロビーに入っている青豆の描写から書き出される。第5章でタマルから受けた指示に沿って、さきがけリーダーの暗殺を決行するためだ。リーダー側近らしい2人の若い男に声をかけられ、7階の一室に通される青豆。ボディサーチをされ、ジムバックの検査も受けるが、着替えの下着と生理用品を入れておいたため、その下の小型拳銃は見逃される。“この連中はアマチュアだ”、と青豆は思った。トレーニングウェアに着替えた青豆は、坊主頭の側近に「今夜のことはいっさい他言無用にしていただきたいのです」と言われる。「私はこのように人々の身体と関わることを職業としています」と青豆。彼女は、一種の整体師として、リーダーのケアをするため招かれたことになっていた。「ですから守秘義務についてはよく承知しているつもりです。」。そして、坊主頭の側近は「それでは参りましょう」と、隣室へ続くドアをノックする。<br />章題は、着替えを終えた青豆と守秘義務についての言葉を交わした坊主頭の側近が、続けるセリフ「あなたがこれから足を踏み入れようとしているのは、いうなれば聖域のようなところなのです」(P.153)からの抜粋にあたる。<br />物語内の今は、第7章本文だけからは定かにならない。第5章中盤以降と同じ日の夜。
− ;BOOK2第8章「(天吾)そろそろ猫たちがやってくる時刻だ」
− :BOOK2第8章は、“天吾はそれからの一週間余りを、奇妙な静けさの中で送った。”と、書き出される。「それから」とは、立て続けに、年上のガールフレンドの夫からの電話と、牛河からの電話を受けた日から後のことになる。“その二本の夜の電話を最後として、もう誰ひとり天吾に連絡をとってはこなかった。電話のベルもならず、手紙も届かなかった。ドアをノックするものもなく、くうくうと鳴く賢い伝書鳩も飛んでこなかった。小松も、戎野先生も、ふかえりも、そして安田恭子も、誰ももう天吾に伝えるべきことを何ひとつ持ち合わせいないらしかった。”。やがて天吾は、“ただじっと何かが起こるのを待ち続けることにうんざりし”、休日にどこに行くあてもなく、中央線快速電車に乗る。東京駅に着いて“これからどうすればいいんだろう”と、思う天吾だが、乗り換えの案内表示板を見上げ“自分が何をしようとしていたのかに思い当たった。”。“おそらく高円寺駅で中央線の上り電車に乗ったときから、自分でも気づかないうちに心はもう決まっていたのだろう。”と思い、ため息をつくと、アルツハイマー症になった父のいる房総半島南端の療養所に向かう。2年ぶりに事前予約なしで突然療養所を訪れた天吾も、父親に面会はさせてもらえる。<br />章題は、天吾が持参した文庫本収録の一篇『猫の町』の物語(物語内物語)の一節から。<br />物語内の今(天吾の今)は第8章の文章からは特定し難い。第10章から逆算すると、8月の半ば以降のある日、と絞り込める。
− ;『猫の町』
− :『猫の町』は、天吾が持参した、旅をテーマにした短編小説アンソロジーの文庫本に採録された一篇とされている。“名前を聞いたことのないドイツ人の作家によって書かれた”と、されているが、おそらく作者による創作だろう。
− *作中で物語内物語として語られる『猫の町』の情景には、[[萩原朔太郎]]の短編小説『[[猫町]]』に似たものも感じられる。ただし、作中の『猫の町』の物語的な設定や筋立て(プロット展開)は、朔太郎の『猫町』とは別になっている。
− ;天吾の父親
− :「お父さん」と呼びかける天吾に、父は「私には息子はおらない」と言う。母のことを尋ねる天吾に、父は「電波を盗むのはよくないことだ。好きなことをして、そのまま逃げおおせるものではない」と、NHK受信料未払いを非難する言葉を口にする。“この男にはこちらの質問の趣旨はちゃんとわかっている。ただそれについて正面から話したくないだけだ。天吾はそう感じた。”。
− ;BOOK2第9章「(青豆)恩寵の代償として届けられるもの」
− :さきがけリーダーの居室に通された青豆は、1対1で、リーダーと相対することになる。リーダーの肉体が被っている深刻なダメージは、トレーナーである青豆の目にも確かだった。青豆は、事前の予想とは異なるリーダーの身辺状況について聞かされる。「進行を食い止めることはできない」とリーダー。「わたしはどこまでも蝕まれ、身体をがらんどうにされ、激しい苦痛に満ちた死を迎えるだろう。彼らはただ、利用価値のなくなった乗り物を乗り捨てていくだけだ」。<br />章題は、整体師としての青豆が、リーダーと彼の肉体の状態についてやりとりするセリフ(P.201)からの抜粋にあたる。<br />物語内の今は、第7章末尾に直接続く時制。第9章本文から月日を特定することはできないが、時間は既に夜になっている。
− ;BOOK2第10章「(天吾)申し出は拒絶された」
− :BOOK2第10章は、“六時前に天吾は父親に別れを告げた。タクシーが来るまでのあいだ、二人は窓際に向かい合って座ったまま、ひとことも口をきかなかった。”と、書き出される。翌日、自宅で目覚める天吾は“昨日起こったことは何から何まで夢の中の出来事のようだった。”と、思う。“これでおれはやっと出発点に立てたのだ”とも思う天吾。<br />八月が終わり、九月がやってきたある日、ふかえりが、天吾のアパートにやって来る。このところ、新聞に目を通していなかった天吾に、ふかえりは「きのう『さきがけ』がソウサクを受けた」と教える。翌日、天吾は、勤務先の予備校で再び牛河の訪問を受ける。<br />章題は、再び、天吾が勤める予備校まで押しかけてきた牛河のセリフの一節(P.216)から。<br />物語内の今(天吾の今)は、冒頭は、第8章末尾に直接断続。これが、9月に入った日よりも二週間ばかり前、おそらく8月下旬のある日であろうことは、第10章の文章(P.207)から絞れる。ふかえりが天吾のアパートにやってくるのが9月に入ったある日で、その日は天吾が父のいる療養所から戻って“二週間ばかり、不思議なほど静かで平穏な日々が続いた。”ある日だからだ。
− ;BOOK2第11章「(青豆)均衡そのものが善なのだ」
− :BOOK2第11章で、青豆は、プロのトレーナーとして、さきがけリーダーの肉体不調に対処する処置を施していく。暗殺のターゲットである人物の苦痛を減じようとしている自分の行為を、青豆は“奇妙なものだ”と、思う。しかし、“たぶんそれが私に与えられた仕事だからだ”、とも考える。リーダーは、“あなたはマジック・タッチを持っている”と告げる。“遠くで雷鳴が聞こえたような気がした。”「今に雨が降り出す」と、リーダー。<br />いよいよ暗殺が決行されようとする時、青豆は、相手が、暗殺計画のことを知っていて、殺されることを望んでいる、と気づく。“あなたはひどく苦しんでいるし、その苦しみが私にはわかる。あなたはそのまま苦痛に苛まれ、ぼろぼろになって死ぬべきなのです。自分の手であなたに安らかな死を与える気持ちになれません”と言う青豆。そんな青豆に向かってリーダーは、川奈天吾のことを語りだし、次いで「1Q84」とも口にする。青豆は、彼女以外は知り得ない言葉を口にするリーダーに慄く。「心から一歩も外に出ないものごとなんて、この世界には存在しない」と、リーダー。<br />章題は、さきがけのリーダーが、青豆に自分を殺害するよう説得するセリフ(P.245)からの抜粋にあたる。<br />物語内の今は、第9章末尾に直接続く時制。第11章本文から月日を特定することはできないが、時間は既に夜になっている。
− ;BOOK2第12章「(天吾)指では数えられないもの」
− :BOOK2第12章冒頭は、天吾がふかえりの進めに従って、勤務先から急いで戻り、夕刻には自宅に帰り着くあたりの描写からはじまる。天吾は“少し前から、ふかえりの口にすることをとりあえず受け入れようという心境になっていた。”。夜9時近く、遠くで微かに雷鳴が聞こえるような気がする。「リトル・ピープルが騒いでいるから」とふかえり。天吾は、ふかえりに請われて、『猫の町』の話を、記憶に基づいて再話して語ってやる。“彼がその話を語り終えると、ふかえりは目を大きく見開き、しばらくまっすぐ天吾を見つめた。猫が瞳孔をいっぱいに開き、暗闇にある何かを見つめるのと同じように。”。「あなたはネコの町にいった」と、咎めるような口調でふかえり。「あなたはあなたのネコのまちにいった。そしてデンシャにのってもどってきた」。「たしかに君の言うとおりだ」と、天吾。ふかえりは、オハライ(お祓い)をしなくてはいけない、と言い出す。「ネコのまちにいってそのままにしておくとよいことはない」と、ふかえり。<br />章題は、ふかえりと天吾がリトル・ピープルについてやりとりする会話の一節(P.269)から。<br />物語内の今は、9月のおそらく上旬。
− ;BOOK2第13章「(青豆)もしあなたの愛がなければ」
− :BOOK2第13章は、さきがけリーダーと1対1で対峙している青豆の描写が第11章末尾から続く。リーダーは、青豆以外が知りえない「1Q84」についての話を続ける。IQ84はパラレル・ワールドのようなものか? と、問う青豆に、リーダーは「違う」と答える。「そしてこの1Q84にあっては、空に月が二つ浮かんでいるのですね?」「そのとおり。」。青豆は、自分を「1Q84の時間性」に引き込んだものとしてリトル・ピープルの意思があったことを、リーダーから示唆されるが納得しない。リーダーは、青豆がリトル・ピープルにとっては1Q84への招かれざる客にあたると、語る。“落雷が轟いた。さっきよりその音はずっと大きくなっている。”。<br />リーダーは、リトル・ピープルの代理人になってしまった自分を、ここで青豆が殺害すれば、リトル・ピープルの介入で天吾に危害が及ぶことはなくなる、と告げ、その代わり青豆自身は、さきがけによって追い詰められ殺されるだろう、とも告げる。「いいでしょう」と青豆。「確かな確証は何もない。何ひとつ証明されてはいない。細かいところはよく理解できない。しかしそれでも、私はあなたの提案を受け入れなくてはならないようです」。青豆はリーダーが望むように、彼を殺害する。“稲妻のない雷雨が窓の外でひときわ激しく轟いた。”。<br />章題は、さきがけのリーダーが、青豆に自分を殺害するよう励ますようなやりとりの一部(P.289)に近似。<br />他に、第13章では、リーダーと青豆とのやりとりの一節で「イッツ・オンリー・ア・ペーパームーン」の歌詞の一部が話題にされる(P.273)。<br />物語内の今は、第11章末尾に直接続く時制。第13章本文から月日を特定することはできないが、時間は引き続き夜。
− ;BOOK2第14章「(天吾)手渡されたパッケージ」
− :BOOK2第14章では、ふかえりが、天吾へのオハライをする。「ふたりでいっしょにもういちどネコのまちにいかなくてはならない」と語るふかえりに言われるまま、彼女をベッドの内で抱き寄せる天吾。“雷鳴は更に激しさを増していた。今では雨も降り始めていた。”。<br />「もういちどネコのまちにいく」ために眠らなくてはならない、と言われた天吾が気づくと、ふかえりが上になり、彼と交わろうとしている。天吾は自分が金縛りのように体を動かせないことに気づく。ふかえりに言われるまま目を閉じる天吾は、小学校の放課後のクラスで、青豆に手を握られた時のことを幻覚で追体験する。セックスが終わった後、ふかえりは「ヒツヨウなことだった」と言う。天吾は、幻覚で追体験した少女時代の青豆のことを考える。「リトル・ピープルはもうさわいでいない」と、ふかえり。“窓の外では虫が鳴き始めていた。”<br />章題は、天吾がふかえりとセックスする間にみる、青豆の幻覚を描写する一節(P.307)に近似。<br />物語内の今は、9月のおそらく上旬。
− ;BOOK2第15章「(青豆)いよいよお化けの時間が始まる」
− :BOOK2第15章では、さきがけのリーダーを殺害した青豆の脱出と逃走が描かれる。青豆が、ホテル・オークラの外に出ると、唐突な雷雨が終わったばかりらしい。彼女が乗るタクシーの運転手は「道路の水があふれて、地下鉄赤坂見附駅の構内に流れ込んで、線路が水浸しになったそうです」と、地下鉄銀座線、丸ノ内線の不通を教える。ともかく新宿駅にたどり着く青豆は、コインロッカーから逃走用手荷物を回収し、タマルと連絡をとる。<br />章題は、第15章本文、最後の1行(P.337)の部分抜粋にあたる。<br />物語内の今は、第13章末尾に直接続く時制。第15章本文から月日を特定することはできないが、時間は引き続き夜。
− ;BOOK2第16章「(天吾)まるで幽霊船のように」
− :BOOK2第16章は、“明日になったとき、そこにいったいどんな世界があるのだろう?”。“「それはだれにもわからない」とふかりは言った。”の、2行から書き出される。これは、第14章末尾で描かれた天吾とふかえりのやりとりの反復にあたる。ふかえりによるオハライが済んだ翌日、天吾は朝6時過ぎに目覚める。昼過ぎに、天吾は小松と連絡をとろうとするが、出版社の同僚からは「もう一週間会社を休んでいる」と教えられる。ふかえりに「僕のまわりでいろんな人が次々に姿を消していくみたいだ」と、天吾。「ひょっとして次は僕の番かもしれない」。「あなたはうしなわれない」と、ふかえり。「どうして僕は失われないんだろう?」「オハライをしたから」。<br />“天吾は昨夜決意したとおり、青豆の行方を捜すことにした。”。青豆の所在を探しに半日ほどを費やし、行き詰った天吾。部屋に戻る天吾は、ふかえりと話している内に、「僕は今ある人を捜している」と語りだす。ふかえりは、しばらく考えごとをしてから「そのひとはすぐ近くにいるかもしれない」と告げる。<br />章題は、天吾からの電話を受けた小松の同僚のセリフ(P.364)の一部に近似。<br />物語内の今は、第14章の翌日。9月のおそらく上旬。
− ;BOOK2第17章「(青豆)ネズミを取り出す」
− :BOOK2第17章では、青豆が潜伏するマンション・ルームでの、彼女の暗殺の翌日の様子から描き出される。テレビ報道をチェックする青豆だが、さきがけのリーダーが死んだというニュースは流れない。電話でタマルからの連絡を受けた青豆は、柳屋敷の老婦人とも言葉を交わす。その後、室内に用意された飲食料や物品をチェックする青豆は、20冊ほどの新刊書の内に、『空気さなぎ』を見つけ、読み始める。<br />章題は、タマルが電話で青豆に語って聞かせる話(P.370)の一部にあたる。<br />物語内の今は、第5章(終盤)、第7章、第9章、第11章、第13章、第15章で描かれた暗殺の日の翌日にあたる。タマルによれば、この日は、さきがけの本部に警察の捜査が入った日の翌々日にあたる、とのこと。
− ;BOOK2第18章「(天吾)寡黙な一人ぼっちの衛星」
− :BOOK2第18章は、第16章の末尾に直接続く時制から語りだされる。天吾は、青豆が「すぐちかくにいるかもしれない」と、ふかえりに聞かされる。会話を通じて天吾は、ふかえりのメッセージを、怪我をした猫のように隠れている青豆が、近くにいる時間は限られている、と理解する。そして、彼女について何かを思い出せば、どこを探せばいいかのヒントを得られるかもしれない、とも告げられる。夕食を食べた後、天吾は、考えを整理し記憶を探るため1人で出かけ、何度か寄ったことのある酒と軽食を出す店に入る。深夜近くになると若者で賑わうが、宵の口は比較的静かな店だ。初めはビールを、次にオンザロックを飲みながら、自分の記憶を探る天吾。20年前、放課後の小学校の教室で、無言のまま青豆に手を握られた時の記憶を再現する天吾は、その時、自分と青豆とがそれぞれに窓外で宙に浮かぶ月を見ていたことを思い出す。店を出た天吾は空を見上げるが、ビルに囲まれた路地の狭い空には月は見えない。天吾は、近くの児童公園に行くと、滑り台の上に上がって月を見上げる。そして、空に浮かぶ二つめの月を目にする。<br />章題は、天吾が再構成した小学校の時の記憶についての描写の一節(P.391)の一部抜粋にあたる。<br />物語内の今は、第16章の翌日。9月のおそらく上旬。
− ;BOOK2第19章「(青豆)ドウタが目覚めたときには」
− :BOOK2第19章では、潜伏するマンション・ルームで『空気さなぎ』の単行本を読む青豆が描かれ、青豆の意識越しに、『空気さなぎ』の物語の大筋も語られる。物語を読む青豆は、彼女に殺される前にさきがけのリーダーが語ったことも考え合わせ、“『空気さなぎ』は世間の人々が考えているように、十七歳の少女が頭の中でこしらえた奔放なファンタジーなんかじゃない。いろんな名称こそ変えられているものの、そこに描写されているものごとの大半は、その少女が身をもってくぐり抜けてきた紛れもない現実なのだ”と、確信する。<br />章題は、青豆が読む『空気さなぎ』の物語り内にあるリトル・ピープルのセリフ(P.412)、「ドウタが目覚めたときには、空の月が二つになる」の一部にあたる。<br />物語内の今は、第17章に直接続く時制(さきがけリーダー暗殺の日の翌日)にあたる。
− ;BOOK2第20章「(天吾)せいうちと狂った帽子屋」
− :BOOK2第20章は、“間違いない。月は二個ある”と、語りだされる。文脈からみると、これは天吾の内語で、物語内の今は、第18章末尾に直接続いている。二つめの月に気づいた時から、その形状や外見が、小松の指示を受けて自分が詳細に描写した通りであることは、天吾には明らかだ。しかし、彼は、どうしてそんなことが起き得るのか理解できない。“そんなことはあり得ないと天吾は思った。”。“そしておれはこれからいったいどうなっていくのだろう。”。“青豆はどこにいるのだろう?”。天吾は惑う。<br />第20章は、単行本で7頁分弱と、『[[1Q84]]』の章立ての内では、かなり短め。章題は、あきらかに、[[ルイス・キャロル]]の『[[不思議の国のアリス]]』の物語を示唆しているが、第20章本文中に該当する箇所や近似する箇所が見当たらない。おそらく、第20章を通して描き出される天吾の惑乱も示唆していると思われる。<br />物語内の今は、第18章に直接連続する日(オハライがなされた日の翌日)の夜。9月のおそらく上旬。
− ;BOOK2第21章「(青豆)どうすればいいのだろう」
− :BOOK2第21章は、“その夜、月を見るために青豆は、グレーのジャージの運動着の上下にスリッパという格好でベランダに出た。”と、書き出される。“目を細めて二つの月を見ながら、青豆は古い世界のことを思い出そうと努めた。しかし今のところ彼女に思い出せるのは、アパートの部屋に置いてきた鉢植えのゴムの木だけだった。”。その時、青豆はベランダから見下ろせる児童公園で、滑り台の上に立っている男が、月を見上げているのに気づく。“その男は私と同じよう二個の月を目にしている。青豆は直感的にそれを知った。”。“いや、そうじゃないかもしれない。あの男はひょっとしたら、私を捜してここまでやってきた「さきがけ」の追跡者の一人かもしれない。”。夢中で空を見上げていて、青豆には気づいていない男の様子を、探るように観察する青豆。そして、青豆は“それは天吾だった”と、唐突に悟る。“どうすればいいのだろう”と、思い惑う青豆。<br />章題の「どうすればいいのだろう」は、思い惑う青豆の内語として、第21章中で4回、太字で反復される。<br />物語内の今は、BOOK2第19章に断続している、と思えるが、どれくらい間が空いているかは、第21章本文からはあまり定かではない。さきがけリーダー暗殺の日の翌日にあたる日の夜。
− ;BOOK2第22章「(天吾)月がふたつ空に浮かんでいるかぎり」
− :あてもなく夜の街を歩いた天吾がアパートに戻ると、千倉の療養所から電話があった、とふかえりに告げられる。「電話には出ないはずだけど」と、天吾。「だいじなでんわだったから」とふかえり。ベルの音でわかったのだろう。電話をかけた天吾は、療養所の担当医から、父親が昏睡状態にあると聞かされる。翌日療養所に出向く、と伝えた天吾は、電話の後でふかえりに「もう一度猫の町に行かなくちゃならない」と告げる。ふかえりは「月の数が増えていた」と、聞かされてもとくに感想を口にしない。「どうしてそんなことが起こったんだろう。どうしてそんなことが起こりえるんだろう?」と、言う天吾にも反応がない。“天吾は思いきって率直に質問した。「つまり僕らは『空気さなぎ』に描かれた世界に入り込んでしまったということなんだろうか」”。少し間をおいて、ふかえりは「わたしたちはふたりでホンをかいたのだから」と、応える。<br />章題は、青豆が天吾をみつける、と天吾に告げるふかえりのセリフ(P.457)の一部にほとんど等しい。<br />物語内の今は、第20章に直接断続。(オハライがなされた日の翌日)の夜。9月のおそらく上旬。
− ;BOOK2第23章「(青豆)タイガーをあなたの車に」
− :朝の6時過ぎに目を覚ました青豆は、ジュンコ・シマダのスーツを着ると、レイバンのサングラスをかけて外出する。大通りでタクシーを拾うと「まず用賀まで行って、それから首都高速の三号線を池尻出口の手前まで行って」と告げる。混乱した運転手に「それで、お客さん、最終的な行き先はいったいどこなんですか?」と聞かれ「池尻出口。とりあえず」と、青豆。「じゃあ、池尻までここから直接行った方が遥かに近いです。用賀まで行ったりしたらえらい遠回りになるし、それに朝のこの時間、三号線の上りはぎちぎちに渋滞しています」。青豆は、「混んでたってかまわない」と、一万円札を差し出す。首都高速道路三号線上りは、運転手の予想通り渋滞していた。青豆は、見覚えのあるエッソの看板が見えてきたあたりで、強引に運転手を説き伏せると降車。「タイガーをあなたの車に」と大書きされた看板に向かって、高速道路の路肩を歩いていく。<br />章題の「タイガーをあなたの車に」は、エッソの看板の宣伝コピー(P.465)として、本文中に見られる。<br />物語内の今は、BOOK2第21章の翌日。さきがけリーダー暗殺の日の翌々日にあたる。
− ;BOOK2第24章「(天吾)まだ温もりが残っているうちに」
− :“午前中に東京駅を出る特急列車に乗り、天吾は館山に向かった。”。館山で各停に乗り換え、診療所に向かう。昏睡状態になっている父親がいるベッド脇で、スツールに腰掛けた天吾は、これまでにおくってきた人生のあらましを語り始める。夕方5時半をすぎる頃、父親は検査室に運ばれていく。「それほど長くはかかりませんから」と看護婦に言われた天吾が、20分ばかり時間をつぶして病室に戻ったとき、父親はまだ戻されていなかった。その代わり、ベッドの上にはそれまで天吾が目にしたことはなかったものがあった。それは1メートル40センチか50センチほどの空気さなぎだった。“さなぎのいちばん上の部分には縦にまっすぐ、一筋の裂け目が走っていた。空気さなぎは今まさにふたつに割れようとしていた。二センチほどの隙間がそこに生じていた。身を屈めてのぞきこめば、中に何があるのか目にすることができそうだ。しかしそうする勇気は天吾にはなかった。”。<br />章題に一致する、あるいは近似する表現は、第24章の本文中にはみあたらない。ただし、療養所を去りアパートに戻ろうとする天吾の内語(P.500)の一部は、かなり近い。<br />物語内の今は、第22章の翌日。(オハライがなされた日の翌々日)。9月のおそらく上旬。
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