群衆の悪魔

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笠井潔
構成
  • 序章 フラオー館にて
  • 第一章 ブールヴァール・デ・キャピュシーヌの暗殺者
  • 第二章 プラス・ド・ラ・バスティーユの陰謀家
  • 第三章 パサージュ・デ・パノラマの高級娼婦
  • 第四章 リュ・フォルテュネの分身
  • 第五章 ブールヴァール・デュ・タンプルの道化師
  • 終章 マルブフ館にて

概略

序章 フラオー館にて
パリのシャンゼリゼ通りに面したベルギー大使公邸(フラオー館)で、一八四八年二月二十二日の夜に開かれようとしていた舞踏会の様子から描き出される。ほぼ序章の視点人物にあたるエミール・ド・ジラルダン夫人デルフィーヌは、舞踏会開会定刻をすぎても、会がはじめられる気配の無いこと、舞踏会会場にフランスの政治家の顔は見られるのに、他国の外交官がほとんど見られないことを不自然に感じる。
第一章 ブールヴァール・デ・キャピュシーヌの暗殺者
第二章 プラス・ド・ラ・バスティーユの陰謀家
第三章 パサージュ・デ・パノラマの高級娼婦
第四章 リュ・フォルテュネの分身
第五章 ブールヴァール・デュ・タンプルの道化師
終章 マルブフ館にて

用語や登場人物

キャラクター

デルフィーヌ
エミール・ド・ジラルダンの夫人。「序章」に初登場。序章の視点人物に近い。
パリでは、若い頃から、母親ソフィー・ゲーのサロンで注目された才女。「ド・ロネー子爵」の筆名で、<プレス>に時評記事「パリ通信」を連載していた。
歴史上実在の人物。
ド・モルニー
モルニー伯爵。「序章」に初登場。
下院議員。ナポレオン一族の貴族だが、庶子であることが幸いし、フランス追放にならなかった。
序章では、<プレス>紙の記者ヴァランスが、モンテルラン子爵夫人(ジュスティーヌ・モンテルラン)の身辺を探っていることの背景を、デルフィーヌから聞き出そうと試みてる様子。デルフィーヌは、ド・モルニーの遠まわしな詮索には応えない。モルニーは逆に、デルフィーヌから、その日(1848年2月22日)のパリ市内の不穏な情勢を問われ、応える。
シャルル・B=デュファイス
売れていない若い詩人。文芸雑誌に批評文などを書いている。「第一章」に初登場。本編第一章で、謎の事件の捜査をオーギュスト・デュパンに依頼することに。本編の“ワトスン役”でもあり、本編の視点人物に概ね近い。歴史上実在人物。
クールベ
売出し中の若い画家。シャルル・B=デュファイスの友人の一人。「第一章」に初登場。
第一章では“事情通”(主に政治的な話題の)として描写されている。少し後のヵ所、ベッドに潜り込んだシャルル・B=デュファイスの思考が、一人称的に語られる部分では、クールベの「民衆と共にあろうとする意思は、決して贋物ではないようだ」と考えられている(しかし、デュファイス当人は、よりよい社会を目指す社会批判の思想など、ほとんど信じていない、と語られる)。
トゥーバン
シャルル・B=デュファイスの友人の一人。「第一章」に初登場。1848年2月22日の夜、デュファイスと共にコンコルド広場での騎馬警官隊の民主虐殺を目撃。デュファイスが<プレス>に行き、面識のあるジラルダンに出来事を記事にするよう掛け合うと言い出すと、同行することに。
23日にギゾ内閣が倒壊すると、興奮したデュファイスが「僕らで新聞をだそうじゃないか」と言い出し、1号の印刷代をトゥーバンが出すハメになる。この新聞は創刊号の売上金を販売協力者に持ち逃げされるなどして資金難になり2号を発行したところで消滅することに。
プロマイエ
シャルル・B=デュファイスの友人の一人。「第一章」に初登場。デュファイス、クールベ、トゥーバンらと共に、1848年2月22日の夜“学生や労働者のデモ隊と、議場警備の警官の小競り合いを見物している野次馬のなか”にいた。コンコルド広場での騎馬警官隊の民主虐殺の後、クールベと共に怪我の1人を自宅まで送り届けていく。
シャンフルーリ
シャルル・B=デュファイスの友人の一人。「第一章」に初登場。売り出し中のパントマイム作家。1848年2月22日の夜、一緒にパリに出た4人組の内にはいないが、翌日はデュファイスらと同行していた。
ヴァランス
<プレス>紙の記者。序章で、モルニー伯爵とデルフィーヌとの会話に、名がのぼる。
「第1章」で、デモの現場で取材中、狙撃され死亡。デモ隊が、軍の部隊とキャピシーヌ通りで対峙している局面で銃撃される。ヴァラアンスを狙撃した銃声が、大規模衝突(キャピシーヌ通りの虐殺事件)のきっかけになるが、混乱の内、ヴァランス銃撃の経緯を認識していたのは、シャルル・B=デュファイスだけだった。ヴァランスはしばらく後、キャピシーヌ通りの路上で死亡。死ぬ様子は、デュファイスが看取る。デュファイスは、ヴァランスが狙撃される前日、<プレス>の社屋で、ヴァランスと面談していた。
ブロンドの頬髯の男
1848年2月23日夜、内閣辞職をきっかけにキャピシーヌ通りで発生した、デモ隊と軍隊との大規模衝突のきっかけを作る男。「第1章」に登場。
実は、背後(デモ隊側)から前線にいたヴァランス記者を狙撃した。混乱の内、この様子を観ていたのは、やはり現場にいたシャルル・B=デュファイスだけだった。
ビュイッソン
シャルル・B=デュファイスの友人の一人。「第一章」で「キャピシーヌ通りの虐殺事件」の後に初登場。
オーギュスト・デュパン
隠遁生活のような暮らしを送っている貴族。勲爵士で、シュバリエ。数年前のパリを騒がせた怪事件を解決した人物として知られる。厭人癖があるとか、孤独好きとか言われる。が、一度会ったことがあるシャルル・B=デュファイスのコラムや美術評論を評価した様子で、デュファイスは、いつでも自宅を訪れてくれと言われていた。
デュファイスは、自分だけが目撃したヴァランス殺人事件の真相を、どう考えたらいいか相談するつもりで、デュパン邸を訪れる。話を聞いたデュパンは自ら捜査に乗り出す。貧乏なデュファイスは、謝礼も支払えないと恐縮するが、デュパンは、世間で「キャピシーヌ通りの虐殺事件」の責任者として糾弾されつつある年老いたジャコバン党員に恩義を受けている、と捜査に乗り出す理由を語る。
オーギュスト・デュパンは、エドガー・アラン・ポーが創作した架空の名探偵キャラクター。「群衆の悪魔』のデュパンは、「ポー本人と面識があり、ポーが創作のモデルにした実在人物がいた」という設定のフィクションになっている。
ジャンヌ・デュヴァル
シャルル・B=デュファイスの愛人。
性的に奔放な混血娘で、売春婦に近い。デュファイスにとってストレスの多い愛人関係を続けてきているが、デュファイスは、ジャンヌのことを詩作したりもしている。
「第一章」では、自分の寝室で眠りにつくデュファイスの一人称的な回想の内で最初に言及される。
オノレ・ド・バルザック
実在の小説家(文豪)。「序章」では、デルフィーヌとモルニー伯爵との会話をきっかけに、<プレス>紙との関係、エミール・ド・ジラルダンとの確執などが語られる。
第一章で、シャルル・B=デュファイスの回想的な描写に登場。デュファイスは、バルザックを皮肉ったコラム記事を、<海賊・悪魔>紙に書いたことがあった。
バルザックは「人間喜劇」と一括される小説群で、教科書的には写実主義の小説家とみなされていた。実際は、神秘主義的、ロマン主義的な傾向もあり、怪奇小説、幻想小説の作例もある。
サツマ
オーギュスト・デュパンの召使をしている東洋人。本名は「チージョーローとかチョージロウとか言う」のだが、デュパンは、「正確には発音できない」ので、彼の出身国の名を使い「サツマ」と呼んでいる。ジパング南端のサツマ公国の騎士にあたるサムライだった。主君の命令で南海上の属領に向かう途中、乗船が難破。フランス船に救助されパリに流れ着いた後、デュパンに拾われた。サムライサーベルの名手で、デュパンのガードマンの役目も果たしている。
エミール・ド・ジラルダン
デルフィーヌの夫で、<プレス>紙社主の「新聞王」、政治家でもある。
序章では、デルフィーヌとモルニー伯爵との会話で話題に上る。
シャルル・B=デュファイスが面識はもっていることも、第一章のデュファイスと友人たちとの会話で知れる。
物語内に実際に登場するのは、「第二章」。デュファイスを伴ったデュパンが、ヴァランス殺害事件の背景を知るため、面談する。デュパンによれば、ジラルダンには貸しがあるとのことで、2人はジラルダンからの招待という形で、イタリアン通りの高級料理店<カフェ・アングレ>に向かう。
ただし、第1章でも、2月革命の渦中のジラルダンの目立つ政治的行動が、3人称的な文体で挿入されている箇所はある。
歴史上実在の人物。
オーギュスト・ブランキ
19世紀フランスの革命家、マルクス主義以前の共産主義者。
序章では、デルフィーヌとモルニー伯爵との会話で話題に上る。「ブランキは、モン=サン=ミッシェルの監獄に幽閉されているわ」と言うデルフィーヌに、モルニー伯爵は「いいや。恩赦で、四年前からトゥールに移されている」と教え「こんな情勢では、じきパリに現れることでしょうね」と予想する。
作中に実際に登場するのは、「第二章」。オーギュスト・デュパンに同行しているシャルル・B=デュファイスが、ジラルダンとの会見の後、辻馬車でデルフィーヌを訊ねて行く途中、バスティーユ広場で行われている政治集会を、後方から観察しているオーギュスト・ブランキの姿が遠望される。
歴史上実在の人物で、史実では1805年生まれ。
ジュスティーヌ・ド・モンテルラン
モンテルラン子爵婦人。2年前、旅行先のロンドンで暴漢に襲撃され、夫は死亡している。このことは、序章のデルフィーヌとモルニー伯爵との会話で話題に上る。
物語内に実際に登場するのは、「第二章」。オーギュスト・デュパンは、デルフィーヌから、親しいジュスティーヌの相談に乗ってやってくれ、と頼まれ、了承する。これが第二章第3節のこと、第4節で、デュパンは、シャルル・B=デュファイスを伴ってジュスティーヌ・ド・モンテルランの屋敷を訪ねる。
ジュスティーヌは、デュパンに、パリのどこかにいるはずのブリジット・ベルトラン夫人を探し出してほしいと依頼する。ベルトラン夫人は上流家庭から預けられた私生児を養育することを生業にしていた人物だ、と語るジュスティーヌは、自分も8歳までベルトラン夫人に養育された私生児で、コルヌマン男爵に養女として引き取られた、と明かす。さらに、ジュスティーヌは、一ヶ月ほど前、ジュスティーヌの出生の秘密と引き換えに金銭を要求する脅迫状をベルトラン夫人から送りつけられていたこともデュパンに明かす。デュパンは、夫人に<プレス>の記者、死んだヴァランスのことを訊ねるが。
クリスティーヌ
ジュスティーヌ・ド・モンテルラン(モンテルラン子爵婦人)のメイド。「第二章に登場」。
二章第4節で、デュパンとシャルル・B=デュファイスが、モンテルラン子爵婦人を訪れる場面で登場。モンテルラン子爵邸の庭に、不審な人影が目撃される事件の後失踪する。
ヴィドック(フランソワ・ヴィドック)
『群衆の悪魔』では、「第二章」に初登場。いったんパリ警察を引退していたのが、2月革命後、短期間パリ警察に復職したとの設定。ヴィドックは、彼を復職させた有力者の意向で、デュパンがはじめていた捜査に脇から関わってくると、デュパンは推測する。
歴史上実在の人物で、犯罪者から政府密偵に転じ、国家警察パリ捜査局の初代局長になった男。パリ捜査局は、後のパリ警視庁の前身。捜査局を退職後、世界最初の私立探偵事務所を創業。史実では1857年生まれ。
ヴィクトール
クリスティーヌの兄。
「第三章」で、殺人事件容疑者として、未決囚用の地下牢に監禁されている状態で初登場。
シャルル・マルクス
「カール・マルクス」のフランス風の読み。作中、デュパンやシャルル・B=デュファイスは、この名で呼ぶ。
ジェニー・パンゲ
パリで有名な高級娼婦。「第3章」で、クリスティーヌがパンゲと友達づきあいをしていたことが、デュパンとシャルル・B=デュファイスに伝えられる。伝えるのは、クリスティーヌの幼馴染で、イタリアン通りの香水店の売り子をしている若い娘。
マルモン
ジョルジュ・サンド
用語や人名
解説

ガジェット(小道具)

用語や人名
解説

用語

フラオー館
<プレス>
プララン事件
サン=シモン主義
二月革命
七月革命
キャピシーヌ通りの虐殺事件
ジュメル
四季協会
「黒猫」
用語や人名
解説

関連する用語

『群衆の人』
群衆

主な史上実在の人物

クールベ
シャルル・B=デュファイスの友人の一人、クールベは、歴史上実在した画家、ギュスターヴ・クールベ(Gustave Courbet)。
普通は写実主義の画家に数えられるが、風景画にはロマン主義的な傾向も観られる。(現在「レアリスム宣言」と呼ばれるクールベの文章には「生きた芸術をつくりたい」との記述もある)
ヴィドック(フランソワ・ヴィドック)
『群衆の悪魔』では、いったんパリ警察を引退していたのが、2月革命後、短期間パリ警察に復職したとの設定で登場。デュパンとも面識はある。
歴史上は、史実では1857年生まれ。犯罪者から政府密偵に転じ、国家警察パリ捜査局の初代局長になった男。パリ捜査局は、後のパリ警視庁の前身。捜査局を退職後、世界最初の私立探偵事務所を創業。
シャルル・B=デュファイス
本編の視点人物に近いデュファイスは、歴史上のある有名な人物。その素性は、簡単な叙述トリックのようになっている。と言っても、知っている人にははじめからわかる程度だが。
関連する用語
解説

メモ

書誌情報


  • (ハードカバー単行本,講談社,1996年刊)

  • (講談社文庫版,2000年刊)

  • (創元推理文庫版,2010年刊)

  • (創元推理文庫版,2010年刊)

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