お勧め図書2008(鍼原神無)
お勧め図書2008(鍼原神無)
鍼原神無が、お勧めする、今年刊行された書籍。
「#もの書き お薦め図書2008」に書いた紹介の、ちょっと詳しい版。
- 奥瀬サキ、目黒三吉『低俗霊DAYDREAM1Q84』10BOOK1,BOOK2(角川コミックス・エース新潮社)
- 富樫義博『HUNTER×HUNTER』25、26(ジャンプ・コミックス、集英社)
- 浦沢直樹、原作=手塚治虫、監修=手塚眞『PLUTO』6(小学館)
- 笠井 潔『青銅の悲劇 瀕死の王』(講談社)
- 小阪修平、ひさうち みちお『イラスト西洋哲学史』上、下(宝島文庫)
- 湯山 玲子『女装する女』(新潮新書)
『低俗霊DAYDREAM』10(原作 奥瀬サキ、漫画 目黒三吉)
1月に最終巻である10巻が刊行され、シリーズ完結。
ネットの自殺サイトをベースにしたグループが目指す、集団自殺計画決行と、計画阻止のため警察に協力する形になる主人公、“口寄屋”の深小姫を描いた「ウェルテル」が決着。半年ほど後の主人公を描く「御呪子(onoroko)」も採録されてる。
「ウェルテル」は、7巻からスタートした長いプロットの物語。10巻採録分は、スピーディーな展開になっている。一種の、スリル感と、こうでしかあり得ない感の強い結末が印象的。主人公以外の主要キャラの後日譚も好印象。
10巻で完結したけれど、「1つの物語の終わりが、別の物語の始まりであるような」そんな完結の仕方になってる。
アタシは、この物語を読んで、「自殺を決意した人を止められるとしたら、それは家族、友人、恋人など、極、近しい人だけだだろう」と、思いました。つまり、カウンセラーや精神医学の医師や、あるいは公共団体などは、知人の自殺を止めさせたい、と思う個人を支援することができるくらい、みたいなことです。
アタシの意見の是非はさておき、そうしたいろいろを考えさせられる内容。
- さらに詳しいレヴュー類は、右から辿れます。Drupal.cre.jpのキーワード一覧「低俗霊DAYDREAM」
『HUNTER×HUNTER』25、26(富樫 義博)
3月に25巻(「突入」)が、7月に26巻(「再会」)が刊行された。
キメラ・アントの“王”と側近たちが計画する、集団虐殺を阻止すべく、東ゴルドー共和国の“宮殿”に突入する主人公たち。
25巻の64ページめで突入し、26巻のラスト近くでも作中5分ほどしか経過してない。高密度のマルチ・バトル(まだまだ続くし(笑))。主人公と仲間が事前に立てた計算が、予想外の事態や計算外の出来事でヂリヂリ狂ってく様子がスリリング。
主人公と仲間が、さほど離れていない局地でマルチ・バトルを展開する、ってマンガは、週刊ジャンプでも珍しくないけど。読者は知ってるキャラAの戦況推移を、別の戦場を担当してるキャラBは知らずにいると、とか、その類の描写が丁寧で楽しい。それから、追い詰められたキャラが、それまでとは一見異質な言動を選択するようなシーンの、意外性、納得力、緊迫感が凄い。
『PLUTO』6(浦沢直樹×手塚治虫)
8月に6巻が刊行された。ちなみに、普及版と特装版が出てて、特装版では、雑誌掲載時のカラー頁がカラー印刷で再現されてる。
ワールド・ワイドに連続するロボット破壊事件。科学技術の粋を集めて作り上げられた大量破壊ロボットは、4体が破壊、アトムは機能停止状態に。残っているのは光子エネルギーで動くエプシロンと、事件の真相を追っているユーロ連邦の刑事ロボ、ゲジヒト。
いよいよ事件の背景を掴んだらしいゲジヒトと、彼が取り戻したかもしれない封印された記憶を巡る描写がスリリング。そして、アトムはまだ再起動していない。
基本的には原作「地上最大のロボット」(『鉄腕アトム』)のプロットを踏襲してる展開なので、アトムが再起動すると、暴走するはず。楽しみです。
『青銅の悲劇 瀕死の王』(笠井 潔)
7月に単行本刊行された。
「矢吹駆シリーズ日本篇待望の第一作!」と、腰帯に記されていますが。単独作として読めます。おそらく、日本を舞台にした連作の第1作にあたると思われる。
(「3部作らしい」とか、いろいろ噂も聞かれますが、アタシは定かには知りません)
物語の背景は、1988年年末から翌年年頭にかけての日本。天皇の病状悪化が報じられてた頃、旧財閥に連なる一族の間で連鎖する事件が描かれます。
ストーリーは、比較的シンプルですが、謎解きは複雑。つまり、全てを読み終わった後、犯行の動機などを含めて、なるほど、と思わせる納得感があります。謎解き推理小説ですから当然ですが。
他方、ストーリーはシンプルでも、内容は複雑。
語り手キャラは、著者ご本人をイメージ・ソースにした、と思える架空の作家。事件をきっかけに、彼が若い頃関わったラディカリズム(急進主義)の自己批評に至ります。単純な“転向”ではなく、自己批評が、同時に、戦後日本の批評でもある境地に達する。そんな回心が感動的。
連作読者向けに、読みどころを1つ書いておくと。「連作の探偵役、矢吹駆が登場しない」これは、もうネット書評の類で大分書かれてます。しかし、それだけでなく、読者をびっくりさせるだろうサプライズが仕掛けられてます。
アタシは、まんまとひっかかちゃって「やられたー」とか叫んでしまいました(笑)。おっかしーとは思ってたんですけど(さすがに、この件のネタバレをさせてる書評はまだ見てません)。
- さらに詳しいレヴュー類は、右から辿れます。Drupal.cre.jpのキーワード一覧「青銅の悲劇 瀕死の王」
『イラスト西洋哲学史』上、下(小阪 修平)
厳密には、今年刊行の新刊ではないけど。長らく入手が極めて困難だったこの本。今年宝島文庫から再刊されました。上下2分冊で、どちらも9月に刊行。
哲学史の概説書としては、とても平明。平易で判り易い。ひさうちみちおさんによる、概念図示や、ちょっとしたウィットのあるカットも楽しい本です。
哲学を専門に学んでいる人なら、「歴史概説で哲学が判るか表現としてメディア」みたいな考えもあり得るはずですけど。
この本の値打ちは、個別の哲学思想の理解よりも、例えば、何世紀もしつこく議論を繰り返しながら、ダイナミックな運動を続けてきた西欧哲学史の、アウトラインを掴み易い点、とかでしょう。
あるいは、ヨーロッパ諸国の文明社会が背負ってる、歴史的個性を理解したりする時にも役立つはず。
(後者の狙いで読むときは特に、例えば、岩波ジュニア新書から刊行されてる、岩田 靖夫『ヨーロッパ思想入門』とかを併読すると、さらに分かりがいいでしょう)
もちろん、西欧哲学の理解に役立たない、ってこともないけど。この本からだけでは、個別の哲学思想を理解することは、できないと、アタシも思いますお勧め。
アタシのにらむところでは、おそらく、著者は、歴史上ワールド・ワイドに影響力を振るった「近代化」運動の背景因として、“西洋哲学史”を理解した、ような気がします。しますけど、どう読むかは、もちろん読者の自由。
書名は「西洋哲学史」だけど、英米系はやや弱く、第6章「大陸合理論とイギリス経験論」で扱われているくらい。
古典古代のギリシア哲学には3章が割かれてるので「西洋哲学史」は、概ね妥当な書名。
『女装する女』(湯山玲子)
12月に刊行された、軽い読み物。
タイトルに惹かれて買ってみたら、予想以上におもしろかったです。
著者は、出版、広告ディレクター。「この本は、今に生きる女性の欲望の在り方を十通りの方向性で示したものだ」とのこと。
広告などで描かれる“女性らしさ”を読みとく本は、これまでもいくつもあって。一昔前には、上野 千鶴子さんの『セクシイ・ギャルの大研究』とか売れましたけど。
『女装する女』に書かれてる「女性の欲望の在り方」は、女性自身が選択可能な戦略のタイプを、より自由に描いてるように思えて。おもしろく読めました。
もちろん戦略は面白くても、実践がうまくいくなんて保障はないんですけど。その辺は、アタシは「読み物」と割り切って読んで楽しみました。
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